2011.08.23
社員R

ねじまき少女のこと

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ねじまき少女 上 (ハヤカワ文庫SF) [文庫]
ねじまき少女 下 (ハヤカワ文庫SF) [文庫]

ねじまき少女はパオロ・バチガルピの処女長編で、2010年に発表されると、その年のヒューゴー、ネビュラ、ローカス賞と、主要な長編SFの賞を総なめにし、Times誌の100冊にもノミネートされた作品です。

舞台は化石燃料が枯渇し、遺伝子操作による伝染病で食物生産が世界的に打撃を受けた近未来のバンコク。退廃した世界を主に五人の人物の視点で描かれる群像劇といった体裁をとっています。

本作の魅力としては、まず行き過ぎたテクノロジーによって衰退した未来世界の描写があります。

化石燃料が枯渇しているので、車も飛行機もありません。わずかに残された石炭やメタンガスは配給制で限られた量しか行き渡りません。工場では遺伝子改良された象がシャフトを回し動力を供給しています。そしてPCは足踏み式、バー、ホテルなどの高級施設の空調は人力でまかなっているという、まことに世知辛い世界であります。

この世界での食料生産は、一部先進国のカロリー企業と呼ばれる大企業が牛耳っています。彼等は作物に伝染し伝染した作物を摂取したら死に至らしめる伝染病を自ら開発し世界中に蔓延させて、それへの耐性のある自社製の作物を世界中に売りさばいて、世界を支配しています。中小国が軒並みカロリー企業の軍門に下る中、独自の検疫体制で伝染病の国内流入を防いでいるのが物語の舞台となるタイです。

この作品が発表された時、多くの書評でウィリアム・ギブスンのニューロマンサーが引き合いに出されたらしいのですが、確かにこの作品で描かれている近未来のバンコクは、ニューロマンサーのチバ・シティーに負けずとも劣らない鮮烈な情景を映しだしています。
他の作品を読んだ人によると、とにかくこの作者は登場人物を極限状況に追い込み、そこでどう動くかを描く作家らしいのですが、この作品においても登場人物への追い込み方が半端ではありません。その追い込み方があまりに苛烈すぎて少々陰惨というか食傷気味な所があり、どうも自分自身は好きになれない所があります。よってストーリーテリング部分については、あまりいい印象は持っていません。確かによくできた話ではあるのですが。
そもそも作者が景色を描くために小説を書いているように自分は感じます。

上記したとおり、アメリカでは絶賛された作品でしたが、日本国内での評判はどうもイマイチなようです。アマゾンのレビューも低調ですし、感想文を検索しても絶賛している記事は余りありません。かくいう自分も期待したほどではなかったというのが正直なところです。さっきも言ったとおり陰惨な話が好きになれないもので。

あとアジア描写について、舞台になるタイについてはちゃんと真面目に調べて書いているようなのですが、日本の描写は海外SFのスタンダードの言った印象です。大企業ミシモト(NとMを間違えたものと思われる)の支店長がタタミルームでショドーをやっていたりとかそんなレベルで。
主人公の一人であるアンドロイド、エミコはアンドロイドの特徴として、ぎくしゃくとしたぎこちない動きをするのですが、これは作者が以前東南アジアでJAL便に乗った際、スッチーの動きがあまりにカクカクしていたのにヒントを受けたとかなんとか。いったい彼にはJALのスッチーの動きがどう見えたのでしょう? まあ、確かに能面のような笑みでキビキビ動くさまは人間離れしているようにも見えますけど。

と、ここまでネガティブな感想多めですが、最初に書いたとおり未来世界の描写は素晴らしいので、SF方面に興味ある方ならば一読してもいいと思います。

(社員R)

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