2012.11.29
A.H.

2012年に読んだ本ベストテン

通勤するのに往復で3時間かかることになって、これは読書の時間が増えてどんどん読めるぞと期待したんですが、いざ電車通勤が始まってみると意外に読めないものですね。つい居眠りしてしまったりして。
2012年も残すところあと1ヶ月ということで、今年読んだ本のなかから特に印象に残ったものを十冊選んでみました。

・山尾悠子『ラピスラズリ』
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山尾悠子という作家を知ってはいたのですが、作品を読むのはこれが初めてでした。
流麗かつリズミカルな文章で綴られる、幻想的なイメージに満ちた物語。その文章からは、直接的に描写されているわけではないにもかかわらず、季節の移り変わりに伴う景色の変化や舞台となる建物のたたずまい、家具調度の質感までもが伝わってきます。
とても気に入ったので、現在比較的容易に入手できるこの作者の本を『夢の遠近法』『歪み真珠』とたてつづけに読み、勢いで、700ページ以上ある『山尾悠子作品集成』まで買ってしまいました。

・スコット・ウエスターフェルド『リヴァイアサン クジラと蒸気機関』
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遺伝子工学によって創造された生物兵器を操る「ダーウィニスト」と、高度に発達した蒸気機関を駆使する「クランカー」という二つの陣営が対立するヨーロッパを舞台にして、第一次大戦を描く歴史改変スチーム・パンク小説。わかりやすくいえば、巨神兵VS蒸気駆動のガンダム、というところでしょうか。といってもダーウィニスト陣営側には巨大人型兵器的なものは出てこないのですが、クジラを遺伝子改造して内部に水素を充填し空を飛ぶ軍用飛行船というアイディアが素晴らしい。
いわゆるボーイ・ミーツ・ガールものでもあり、挿し絵も多いのでジュヴナイルという趣ではありますが、大人が読んでもじゅうぶん楽しめる深みがあります。前述の二大勢力の対立も、ブルース・スターリングの<工作者>対<機械主義者>シリーズの構図を連想させます。
これは三部作の一作目で、今のところ二作目まで出ているのですが、もうすぐ完結編となる三作目(日本が舞台となるらしい)が出る予定で、今からとても楽しみです。

・チャイナ・ミエヴィル『都市と都市』
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地理的にほぼ同じ場所を占める2つの都市。政治的な理由により、それぞれの都市に属する市民には、互いに相手の都市は存在しないということになっています。だから、相手の都市に属する市民をそこにはいないものとし、干渉してはならないというルールがあります。まず相手を見たうえで、どちらの都市に属する市民なのかを判断し、そのうえで自分と同じ都市に属する市民であると認めるか、あるいは見なかったことにするか。オーウェルの『一九八四年』に出てくる二重思考を連想させます。

・セバスチャン・フィツェック『アイ・コレクター』
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この作者が書くサイコ・スリラーは、トリックがよくできている上に、本の中にポストイットが貼ってあったり、視点によって活字を変えたりといったギミックも魅力のひとつです。この小説も、章立てとノンブルとが逆に振られているので、読み進むにつれ減っていくページ番号がスリルを高めます。
ただ、これまでの作品では、超常現象としか思えないように書かれていながらも必ず論理的な説明がつくオチが用意されていたのですが、この小説に限ってはそれは難しいような。続編があるそうなので、どう決着をつけるのかが楽しみなところです。

・佐藤史生『死せる王女のための孔雀舞』
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これは小説ではなくて漫画、しかも復刊です。作者は2010年にひっそりと亡くなってしまったのですが、今まで入手困難だったこの短編集が復刊されたということは、根強いファンが少なからずいるのでしょう。
少女マンガのいわゆるポスト24年組に数えられる作者ですが、作風は決して派手ではないものの、ひときわ異彩を放つ作品群は、発表されてから30年近く経った今でも輝きを失っていません。

・ロバート・チャールズ・ウィルスン『連環宇宙』
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これは《時間封鎖》三部作と呼ばれるシリーズの完結編です。
一作目の『時間封鎖』では、 ある日突然、地球全体がすっぽりと膜に覆われてしまい、夜空からは星々が消えてしまいます。と聞くとグレッグ・イーガンの『宇宙消失』を連想しますが、似ているのはその一点だけ。『宇宙消失』がバリバリのハードSFなのに対して、この《時間封鎖》シリーズは、どちらかというと人間ドラマに重点が置かれていて、窮地に陥った人類が自らを救うためにどのように闘っていくかというスケールの大きい物語が、平凡ないち個人の視点で描かれるのが特徴的です。
この『連環宇宙』は、それまでの二作で壮大に広げられた風呂敷が見事に綺麗に畳まれていて、SFのシリーズものの完結編にしては珍しくスッキリと終わっています。

・高橋昌一郎『感性の限界』
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これは新書でして、『理性の限界』、『知性の限界』という《限界》シリーズの三作目になります。 著者は現在、國學院大学の教授で、『ゲーデルの哲学』や『哲学ディベート』など、哲学や論理学をとてもわかりやすく、かつ面白く解説してくれるユニークな方です。
「理性」や「知性」とは異なり、「感性」の限界を示すというのはテーマとしてはとても難しいのではないかと思ったのですが、認知心理学や自由意志、実存主義といった観点からのアプローチは、哲学というよりもどちらかというと文学的な香りがしました。

・コニー・ウィリス『ブラックアウト』
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上下二段組で750ページ超、厚さにして約3.5センチ。「ポケット・ブック判」という売り文句に反して、ポケットにはとても入りません。しかもこれは前後編の前編で、後編はこれよりもボリュームがあるとのこと(後編はさすがに二分冊になるらしい)。
タイムマシンを歴史の検証に用いるという、ある意味とても贅沢というか勿体ないというか、な、オックスフォード大学史学部シリーズの三作目です。今回は第二次大戦下のイギリスが舞台。相変わらずのストーリーテリングの上手さとお約束のくり返しのギャグで、ぐいぐい読ませます。
まだ完結していないのでなんとも言えませんが、この作者なら後編もきっと期待を裏切らないでしょう。

・北野勇作『かめくん』
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ほんものの亀ではなく模造の亀、「レプリカメ」が主人公。どこか昭和を感じさせるほのぼのとした雰囲気ではありますが、読み進めるにつれ見えてくるこの世界には、なにか仄暗い部分があるようです。
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』や『2001年宇宙の旅』などのSF作品や特撮への言及やパロディといったくすぐりも面白い、良い小説です。

・伊藤計劃×円城塔『屍者の帝国』
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円城塔が芥川賞を受賞した際に、この作品を執筆中であることが発表されたときには驚きました。『虐殺器官』と『ハーモニー』という傑作をものした直後に急逝した伊藤計劃が遺した、わずか20ページほどしかないプロローグを元に円城塔がどう続きを書くのか。しかし読み終えてみれば、ちゃんとエンターテインメントしていました。
実在した人物もフィクションの登場人物も、時代を無視して活躍します。バベッジ卿の解析機関で財を成した青年がウイリアム・バロウズというのには大笑い。ビル・ゲイツもびっくり。
解析機関といえば、ウィリアム・ギブスン&ブルース・スターリングの『ディファレンス・エンジン』への目配りも欠かしていません。伊藤計劃が存命中にこのコンビが書いた「解説」(という名の短編)が思い出されます。

以上、できるだけ最近出版された本を中心に選びました。
2012年もあと1ヶ月。とはいえ、一昨年に出たH・G・ウェルズが大活躍する傑作『時の地図』の続編である『宙の地図』、上でも紹介した『リヴァイアサン』の完結編や佐藤史生の復刊もまた出る予定なので、まだまだ今年も楽しみが残っています。

A.H.

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