2026.04.15
mao

春めいて、岐阜。

 春といえば・・・そう、散歩の季節ですよね(強制)。
 とりわけ雪の牢獄に閉じ込められる期間の長い我々道民のひとりとしては、雪が解けてお外を何不自由なく歩けるようになる季節というのは、コンビニに行くだけでもウキウキワクワクしてたまらないものである。つるつる滑る床のギミックもない、しんしんと頭に積もる雪もない、そしてなにより寒くないし暑くもない、まったく最高の季節というわけ。

 そんな3月も末、第68回目の旅行となった今回は、岐阜県に足を運ぶこととした。
 岐阜県はこれまで県庁所在地である岐阜市をはじめ、関ヶ原や高山とこれまで何度も訪れた県ではあるが、最近の私は46都道府県を探訪し終えたこともありいよいよ市区町村埋めという狂気じみたことをやり始めたため、今回もその一環で岐阜県のまた訪れたことのない市区町村を訪れつつ桜も存分に楽しもうという体で中部国際空港に向けて飛び立った。
 まぁとどのつまり岐阜県を選んだ動機としては深い意味はなく、そういえば最近岐阜県訪れてないし岐阜県にしよう!程度のものである。

▲飛行機から見る北アルプス

 10時すぎの便に乗り込み、中部国際空港には12時半ごろに到着。私は最近はスーツケースはがらがらと引かず飛行機の席の下に収まるサイズのリュックで旅をするスタイルとしているため手荷物引き渡し所には目にもくれず、名鉄岐阜行のミュースカイに乗り込む。すぐ隣には欧米人の大きな荷物を持った兄ちゃんが腰を下ろし、有料席問わずの盛況っぷりであった。

 さて今回も相変わらず長く徒然と書くことになるので先にセットリストを列記しておくことにしよう。なおAIからは要点を纏めろとお叱りを受けたが、私はこと旅行記に関しては長ければ長いほどその人の旅のことがたくさん伝わっていいと思っているので、読みやすいようには心がけつつも、このダラダラスタイルを変えるつもりは特にない。お時間がない方は写真だけぱーっと見る形で頼んだ。

 1.墨俣城(1日目
 2.郡上八幡(2日目
 3.恵那峡(3日目
 4.養老の滝(4日目


1.墨俣城

 墨俣城は、信長が美濃を攻めるときに秀吉に作らせた砦の跡地に立つ、いわゆる資料館である。この砦について、より俗な言い方をするならば一夜城と呼ばれる。ちょうど現在大河ドラマ豊臣兄弟が放送されており私も視聴者であるが、その中では一夜で役割を終えた城という解釈で描かれておりこれはこれでいいな、と思ったものだ。まぁ昨今の研究からも1日で出来上がるわけがないとはよく言われている。
 とはいえ、その一夜城が現在も残っているわけはなく、その跡地っぽいあたりに、秀吉や秀長に関する資料が纏められているお城が建立されているというわけである。
 その墨俣城へは岐阜駅からバスで移動するのが手っ取り早い。手っ取り早いとはいえ、道中の道は1車線で車の往来も激しいことから、50分くらいかかった。終点の墨俣バス停で下車し長良川に向かって歩き階段を降りると、桜並木が400メートルに渡って続く犀川堤に出る。

▲犀川堤の桜並木

 桜並木はやはり青空のもと見るのが一番映えて良い。この通りは狭いながらも車も通る通りなので撮影時は注意、車どうしがすれ違うのもなかなかギリギリの道幅である。
 この桜並木を桜を見ながら北上すると、まばらながらも屋台が見えてきた。平日の春休みということもあり母親と子供連れの組み合わせが多く、賑やかであった。その屋台のにおいを感じ取りながら桜を眺め歩くといよいよ墨俣城が現れる。

▲両脇に桜を抱えた墨俣城

 個人的には当時から残っているタイプ(いわゆる国宝に指定されているお城)でない天守閣は、そこまで価値を感じられるタイプではないが、ただこの天守閣というもの自体が一種のランドマークとしての役割を担っているため、つまるところこれは例えばタワーに登るようなものと同義と私は捉えている。歴史的価値があると感じるか実際にそこに行って楽しむかというのは別ベクトルの話というわけだ。とはいえ墨俣城に関しては例えば彦根城などのように登城できるわけでもないため、結局のところ資料館として訪れる以外の目的は残念ながら見出しづらい。
 その墨俣城に入り、戦国時代の資料などを眺めつつ上層へと登っていく。大河ドラマのポスターが貼られておりその影響で少し混んではいたが、さすがに有名なお城というわけでもないので外国人観光客の姿は見当たらなかった。
 最上階で空いている窓から顔を出すと、大きな長良川の眺めや来た道である桜並木などがよく見え、入ってくる風のせいもあり心地よい気分であった。やはり青空は正義。名古屋や岐阜のベッドタウンに位置することもあり、周囲には所狭しと住宅が広がっていた。

▲墨俣城から、南・東の景色

 景色を堪能した後は飯と相場が決まっている。墨俣城のすぐ近くに並んでいる屋台に足を運び、ひとしきりメニューを眺めるため1、2往復してから、鮎の文字にぴたりと足が止まり、この世で一番うまい食べ物と認識している鮎の塩焼きを頂く。飯というには軽いものではあるが、花見をしながら食す鮎、なんと贅沢なことか。

▲墨俣城に広がる屋台と鮎の塩焼き(人の顔に加工を入れています

 墨俣城からはバスで戻ってもよかったが、私は来た道と違う道を通りたい旅行ヤクザなので、約3キロ北にある穂積駅まで歩くこととした。長良川の河川に沿う形で敷設されているサイクリングロードを歩きながら、途中桜並木に吸い寄せられるなどあちらこちらふらふら、まさに一人旅だからこそできることであるが、そのように雑な旅をして結局プラス2キロくらい歩き、穂積駅に到着。2日目以降のことも考えホテルは可児に取っていたため、岐阜駅で多治見行の普通列車に乗り換え、高山本線を経由し18時40分、太多線の可児駅に到着。実に有意義な初日となった。

▲春といえば、菜の花も咲いていた


2.郡上八幡

 可児駅から美濃太田駅で乗り換えて長良川鉄道に乗り込むと、岐阜県のなかでも著名な観光地のひとつである郡上に到着する。郡上といえば夏に行われる盆踊りが一番の見どころであるが、地域の人たちの話を盗み聞きするとなかなかな盛況っぷりで宿もとれないようで、今回は桜の季節に郡上を訪れることとした。当然いつかはその盆踊りも見て見たいという欲望はある。
 2日目はこの郡上に向かって観光するのがメインイベントだ。

 と、その前に、可児から名鉄広見線に乗り込むことで10分ほどで御嵩町を訪れることができる。先ほど述べたように、市区町村埋めをする私とすればこのルートは忘れてはならない。なにせ存続が危ぶまれている区間のひとつでもあるので、この機を逃すと危うく探訪しそびれることになるところであった。
 しかしそこまで時間を多く取れたわけでもなく、またさほど目立ったエピソードもなく、残念ながら本筋でもないので、御嵩町で見た桜並木を載せておくだけにしておこう。

 さて話を戻し、御嶽駅から新可児駅に戻り、太多線で美濃太田駅に移動、長良川鉄道の乗り場へ向かう。土曜日ということもあり自動券売機には長い列ができており、1両のロングシートの気動車は出発20分前ながら8割以上の座席が埋まっていた。地方ローカル線の車内は存外クロスシートよりもロングシートであることが多く、観光向けというよりは日常利用のほうが重視されているように見える。私は空いていた窓口で1日フリー切符を購入し券売機の列を完全スルーすることに成功した。
 清流列車と名付けられた便は9時56分、乗車率約120%の状態で美濃太田駅を出発。そのうえでさらに途中の関駅でも大量の乗客が乗り込んできたため、かなりのすし詰め状態となった。常にこれほど混んでいれば存廃議論も起こらないのだろうが、なかなかそうはいかないのが難しいところだ。

 大量に乗ってきた乗客たちであったが、美濃太田駅からおよそ30分、美濃市駅で、蓄えていたものを全部吐き出す勢いでかなりの人数が下車した。どうやら美濃市には魅力的な街並みが広がる地域があるようで、それ目当てで降りたのではないかと思われた(実際に私もこの日の夜に街並みを見物した)。すっかり乗車率も100%前後に落ち着いたところで、汽車は郡上を目指すためさらに北上する。ここから山と谷がメインの景色となり、線路と並行するように長良川が見えるようになる。ここからがこの路線の車窓の本領発揮といったところだ。

▲清流・長良川を渡る

 清流列車ということもあり長良川を渡る際には、乗客たちがゆっくりと景色を眺められるように、もとい写真に収められるように大幅な減速をして橋を通過していく。長良川に架かる長良川橋梁は計5回通過したが、いずれも長良川の生み出す里山の美しい景色が窓いっぱいに広がった。
 また桜の季節ということもあり、道中の駅に咲く桜の案内にもアテンダントは気を配る。どの桜も綺麗であったが、個人的には深戸駅に咲く桜が特に美しく見えた。

▲深戸駅

 美濃市駅からおよそ1時間ほど経過した11時18分、清流列車は郡上市の中心駅である郡上八幡駅に到着。線路はまだもう少し先に続くが、ここから先は利用客がガタっと落ち、特に美濃白鳥駅から北濃駅までの末端部はとりわけ過疎区間となる。この長良川鉄道の前身である国鉄越美南線は、北濃駅から福井県の九頭竜湖に抜ける計画があったが、残念ながらそれを成し遂げることはできなかった。

▲郡上八幡駅

 さて少し逸れた話を戻すと、この郡上八幡の探訪にあたっては今回、明確に1つ目的があった。それは郡上八幡城を訪れること。私はお城大好きマン(詳しいとは言ってない)なので、探訪先にお城があればまぁまずお城をターゲットに攻める。途中美味しい地元のご飯が食べられればなお良し。
 駅からお城まではおよそ3キロほど。お城の手前が100メートルくらい登る必要があるため坂になってはいるが、それ以外は平たんな道であるので鉄道での訪問者にも優しい。街並みをのんびりと見ながらの散策にはうってつけの街ということである。ちょうどお昼時だったこともあり、川魚や飛騨牛の文字に惹かれつつ、昼食を食べるお店を吟味しながらの街歩きは、それは実に楽しいひとときであった。

▲郡上八幡の街を歩く

▲街の中心を貫く吉田川

▲飛騨牛、美味でした

 昼食にも無事ありつけたところで、郡上八幡城の登り口へ。各所にお城への案内の看板が立っており、街をあげてお城を利用して観光客を呼び込もうとしているのが伝わる。それに呼応するように、お城へと登る観光客は存外多く、道中は老若男女国籍問わずいろんな人がお城へ登ったり、或いは満足した顔を見せながら帰路に着いている姿を見ることができた。

▲少しばかりの上り坂

 車との共道となっている小規模な九十九折りの坂道を10分ほど歩けば、いよいよ郡上八幡城とのご対面。最後の石垣傍の階段を登り切れば郡上八幡城の天守閣と相まみえる。
 お城自体は全体的に小規模なものである。外郭のようになっているエリアには少し展望広場もあり、そこから郡上の街並みを見下ろすことができる。その外郭からさらに階段を上がったすぐ先にお土産屋さんとお城への入場チケット売り場がある。すぐ近くには標高は353メートル、城下町からは123メートルとの案内があった。
 郡上八幡城は一般的に有名な武将が居城にしていたわけではないが、ひとつの説として山内一豊の妻となった女性である見性院(千代)がここの出自である可能性があるという。城内はそれらの展示も多くあったので興味があるならば事前知識を入れてから訪れるとよりよいだろう。

▲郡上八幡城

▲郡上八幡城からの景色(下呂・高山方面)

 さて、14時18分の美濃白鳥行の列車に乗るため、それまでには郡上八幡駅に戻る必要がある。
 郡上の街歩き復路はやはり来た道とは違う道に入っていき、とはいえ迷子にはならないように気を付けながら、川の北側を経由して無事に駅に帰着。個人的には下記1枚目に載せる、吉田川に沿うように並び立つ古い住宅の図に非常に郷愁を感じた。とはいえ他の旅人のTwitterなどを眺めるとまだまだ見たことのない通りの写真があったりするので、郡上の奥は深そうである。最後は少し天気雨にも降られたが、それもご愛嬌ということにしておこう。

▲吉田川に沿って並び立つ家々

▲桜並木

 本来はこのあとも白鳥地域の散策、北濃駅までの乗車(これにより長良川鉄道完乗)、そして美濃市の夜の街並みなどまだまだイベントはあるが、長くなるのと、そこまでここに書くほどの目立ったイベントはなかったため、今回は郡上八幡に絞っておくことにする。


3.恵那峡

 3日目、この日は可児から多治見、恵那と抜け、まず明知城を探訪しつつ明知鉄道を完乗。続いて恵那にUターンして恵那峡へ向かうという旅程としていた。基本的に予め旅程は立てるもののそれは当日の気分でぶっ壊す派である私だが、この日ばかりは時間もぴったりと事前に立てた旅程に忠実な行動となった。それはつまるところ上述した1日目も2日目も、本来の旅程とは違う歩みとなっているということなのである。

 さて明知の旅も書きたいことはいっぱいあるのだがここでは恵那峡にスポットを当てていく。
 恵那峡といえばこのあたりでは有名な桜の名所となっている峡谷(峡谷というよりは正直湖のような感じだが)で、恵那駅から1日5往復ほどバスが出ているので公共交通機関を使うならばこれを軸に行程を組み立てることになるのだが、これには目もくれず、私は恵那駅と恵那峡の往復約10キロを歩くこととする。14時35分に恵那駅に着き、そこからおよそ1時間強の徒歩旅と相成った。

▲道中も桜が綺麗、なおこれは間違った道のものである

 最近の私は歩ける距離ならば歩くようにしており、とはいえこれは別に運動不足を解消したいというような普遍的な目的ではなく、ただ単に「いっぱい時間をかけてたどり着いたほうが、たどり着いたときの到達感があっていいじゃろ」という動機に準ずるもの。それとは別に、某漫画に影響されたのもある。バスや車でさくっとあちこち回るのも悪くはないのだが(実際そういう旅行も友達と回るときはやるし、行動範囲が大幅に変わるのでそれはそれでいいのだが)、やはり目的地に着いたときに「(ようやく)着いたー!」と心の中で叫びたくなるほどにはある程度苦しみたいものなのである。この思考は旅行ヤクザならではなのかもしれない。
 などと話を大幅に脱線させていると、どうやら恵那峡に着いたようである。道は緩やかな上り坂が続く形ではあるが苦になるような難所はないので、涼しいこの季節ならば歩いてみるのも一興である。

▲恵那峡に到着

▲恵那峡の景色、写真ではあまり伝わらない解放感

 恵那峡の駐車場はほぼ満車で、この時間でも入り口付近では車の列ができていた。どうやら夜に大規模なライトアップがあるようであり、それを目当てにした列のようであった。さすがにその時間までここにいることは難しいためライトアップの観覧は断念したが、それでも木曽川の創り出す雄大な眺めに、しばらく身を委ね、この景色を十二分に楽しむことができた。欲をいえばもう少し晴れてくれたら、そしてもう少し遅い時間に訪れていれば、夕焼けとの掛け合いを望むことができたかもしれない。


4.養老の滝

 旅はあっという間に4日目。まだ養老方面を訪れたことがなかったので、この日は大垣まで向かい養老鉄道に乗り換え、桑名から名古屋に戻り中部国際空港で蝦夷地に戻る、という旅程を組んだ。新しい場所を訪れつつ、飛行場に向かうために着実に南にも向かっているという一石二鳥の経路である。
 その養老の地域、果たして何があるかといえば正直そこまで著名な観光地があるわけではないのだが、その中で一つ挙げるならば副題としている「養老の滝」であろう。今回はその養老の滝を訪れつつ、養老で地元のご飯にありつくことを軸に据えることとした。

 可児でお世話になったホテルをチェックアウトし、思ったよりは静かな朝の通勤時間帯の普通列車で岐阜、大垣と移動する。大垣で下車するのは初めてで、春季限定の舟下りのポスターがまるで私を誘惑するかのように貼られており思わず急旋回でそちらに意思が流れるところであったが、大垣は交通の便も良くいつでも来れるので今回はぐっと堪えて(?)養老鉄道の乗り場へいそいそと移動するのであった。
 9時46分発の桑名行に乗り込み、ほとんど空席状態のロングシートとともに出発する。途中駅もほとんど乗り降りはないまま、10時09分に養老駅に到着し改札を抜け駅前に出て振り返ると、桜とレトロな駅舎の織り成す雅な光景が目の前に現れた。

▲養老駅(人の顔に加工を入れています

 ここから養老の滝へはおよそ2キロ。道中は春休み中の小中学生たちと一緒となった。養老の滝への道に大きな公園や遊園地があるため、どうやらこれを目指す御一行という様相であった。さすがになんだかんだまだ一応27である私が彼らに負けるわけにもいかないので、先導する形で歩を進める。

▲養老公園の松風橋より

 距離的には中間地点にあたる松風橋。ここから養老の滝方面を見る写真が今回のベストショット。当然桜も川も美しいが、個人的な押しポイントはやはりこの奥行き。奥へ奥へと誘うような立体感が私の胸を強く打った。

▲いよいよラストスパート

 上述のように駅から滝までは2キロ程度しかないのだがしかしこれが存外きつい。養老の滝まで絶え間なく上り坂が続くうえ、雨の雰囲気もあり空気が梅雨のように湿気を多分に含んでいたためぐんぐんと体力を奪っていく。着替え等の入ったリュックも背負っていたため、距離としては3日目の恵那峡の半分であったが余程披露感はあった。

▲養老の滝へ到着

 養老駅からおよそ40分ほど、ようやく養老の滝へと到着。高さ30メートル、幅4メートル、日本の滝百選にも認定されている美しい滝は、より近くに行くと疲れを癒すかのように水飛沫が舞い、マイナスイオンを肌で感じられるようであった。
 月曜日ということもあってか探訪者の多くが年配の方であったが、少しハードなくらいがやはり体にはよく効くのであろう。
 滝の周辺で10分ほど涼んで帰路へ着く。行きはよいよい帰りは怖いという歌詞もあるが、上りがきついということは翻って下りもそのぶんだけきついということである。少し濡れた足元を滑らせないように慎重に、しかし軽快な足取りで養老の滝を後にした。この感覚は登山をしたことがある人ならば良く分かることだろう。

▲養老の綺麗な水でこしらえたお蕎麦と飛騨牛丼

 当初の予定よりずいぶん早く養老駅の手前までたどり着くことができたため(GoogleMAPがかなり余分な距離計算をしたせい)、ちょうど時計もお昼時を示す頃となった。少しばかり目を付けていたお蕎麦屋さんに無事入ることができ、お蕎麦と丼のセットを注文。麺のつゆが濃いため、麺の1/3だけつけて召し上がるのがこの地域の作法のようだ。そしてここでも飛騨牛丼を注文、私は旅の途中は金に糸目を付けないので存分にいただく。最後は余ったつゆを蕎麦湯で薄めて完食、ごちそうさまでした。

 時間が余ったこともあり、養老駅から桑名駅まで向かう途中駒野駅でぶらり途中下車をしたり、最後は桑名の九華公園でも桜を楽しむことができたりといろいろ付加できた結果、満足度の高い最終日となった。
 最近は札幌の桜もずいぶん早く咲くようになったが、それよりもさらにもう一足早い花見観光。各地の桜を様々な取り合わせで楽しむことができ、非常に良い旅となった。次の旅行は5月の近江、その話をここでするかは巡り合わせ次第となろう。

▲桑名、九華公園にて

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