2010.04.08
社員R

人間の測りまちがいのこと

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人間の測りまちがい〈上〉―差別の科学史

人間の測りまちがいは1998年に発売された改訂版が早々に絶版となり、AMAZON中古でも6000円以上の高値を付けていて、読みたくてもなかなか手がでない状態が長く続いていた本だったのですが、なんと二年前に河出書房が文庫で再版してくれました。ぁぁ河出書房は澁澤龍彦の著作を文庫で出していた昔から貧乏人の味方なのであります、ありがたい。

というわけで人間の測りまちがいですが、この本は副題にもある通り、近代において人類がいかなる手法を用いて人種差別に邁進してきたかを書いた本です。

作者は因子分析の専門家で、本書内にも因子分析に関する難解な記述は多く含まれています。専門家が本を書くと、その専門にかかわる記述で書面が埋め尽くされ退屈な本に仕上がるというのはよくある話なのですが、この作者グールドは、雑誌の柱の一行知識的なエピソードの挿入をやたらと熱心におこなう人で、そのおかげをもって大変楽しく読める本に仕上がっています。

たとえばリンカーンは確かに奴隷制を廃止したけれど、彼自身は黒人が白人と同等の存在などとは夢にも思ってなかったことを示す手記などを紹介しています。

さて本書の中で紹介されている人が優劣を判定するための手法は、大まかに分けて以下のような順序で行われています。

  1. 頭蓋骨の中身を計測する
  2. 脳味噌の重さを測ってみる
  3. 人相で判断する
  4. 知能テスト

「頭蓋骨の中身を計測する」というのは頭蓋骨の容積が大きければそれだけ優秀であるという発想に基づくものです。そもそもその発想自体が超絶頭悪いんじゃねえかという気がしないでもありませんが、時代は19世紀前半、やってる人たちは真剣なのです。

で、まともサンプリングがおこなわれれば、どの人種でも大差ありませんね、ちゃんちゃんという結果に到達するはずなのですが、なんせ最初に

白人>>>決して越えられない壁>>>黄色人種>黒人

という結論ありきでやっているわけだから、サンプリングに手心が加わり、結果は白人が圧倒的に優秀でしたというところに落着するわけです。当時の生データを読み込み、どのように恣意的な判断が行われたかを暴くことがこの本の最初のミッションとなっています。

さて次の「脳味噌の重さを測ってみる」は読んで字のごとしで、脳味噌が大きくて重ければその人頭いーじゃんという発想です。当然、死後でなければ計測は不可能なわけですが、19世紀後半には学者同士で私の脳の重さがどれくらいなのか楽しみだよ、みたいな会話がおこなわれていたのだそうですよ、まあ。

ほいでこれもまた、ものすごい功績を残した科学者や文学者の脳が軽かったり、凶悪犯罪者の脳が重かったりと都合の悪いデータが出る度に、「この人は高齢だったから少し脳がしぼんでいて」とか「頭が良すぎたから犯罪に走ってしまったのだ」とか無理やりな言い訳に終始する羽目になったのでした。なんだかですねえ。

「人相で判断する」ですがこれもまた信じられないでしょうが字句のままでして、こういう顔のヤツは生まれながらに犯罪者というのを科学的に証明しようとしたという、それギャグですよねギャグで言ってるんですよねと突っ込まざるを得ない内容なのでした。

で、「知能テスト」です。

信じられないかもしれませんが、20世紀初頭のアメリカでは知能テストによって、人間をランク付け、それによって職種を決定するべきとの考え方が存在していました。で、その知能テストの問題がどのようなものだったのかというと、

「生まれて初めて街に降りてきたインディアンが道で乗り物に乗っている白人を見ました。その白人とすれ違ったインディアンは”白人は無精者だ、座ったままで歩いていく”と言いました。インディアンが”座ったままで歩いていく”といった乗り物はなんでしょう?」

なぞなぞじゃねえか、というツッコミが瞬時に思い浮かびますが、この問題の答えは「自転車」の一択です。それ以外全部不正解。馬はインディアンが見たことがあるはずだから不正解なんだそうです。車もペケ。車椅子の乗った足の不自由な人もペケ。

これで他人の職業を決定しようとはなかなかの心意気じゃありませんか。

このように当時の知能テストは欠陥だらけの内容ながら、その結果はただしく知能を計測したものとして扱われました。これらは主に当時アメリカに大量に押しかけていた移民を下等人種と決め付け、世論を反移民に誘導する意図をもって使われていたんだそうですよ。これまたなんだかですねえ。

この本のエピローグでは、1928年ヴァージニア断種法により、知能テストで母親が遺伝的な痴愚と判定された女性ドリス・バックが、自分が輸卵管を切断されていたことを知らぬまま子宝に恵まれず過ごしていった悲劇について書かれています。彼女が盲腸とヘルニアの手術といわれていたのが実は断種手術であることを知ったのは1980年のことでした。

優生学というと真っ先に思い出すのはナチスドイツですが、実はアメリカ発祥であり、発祥国としてもまたそれに対して熱心であったという、あまり語られることのない事実についても、この本には詳しく書かれています。

と最後はなんだか暗くなってしまいましたが、先にも書いた通り、一行知識的な記述がふんだんに盛り込まれており、また当時は大真面目にやっていた滑稽としか言いようのない人間の優劣判定法にツッコミを入れながら楽しく読める本であります。

(社員R)

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