2011.12.06
F生

『謎解きはディナーのあとで』

また例によって、本の話です。
今回は先日病没したアップルCEOの本人公認伝記『スティーブ・ジョブズⅠ・Ⅱ』について紹介する予定でしたが、
たまたま見たニュースで今年のベストセラーを発表していたので、急遽予定を変更致しました。
(ま、『スティーブ・ジョブズ』をまだ読み終わっていない、というのが本当の変更理由だったりするのですが・・・)

2011年ベストセラー第一位は東川篤哉著『謎解きはディナーのあとで』というミステリでした。

謎解きはディナーのあとで [単行本] / 東川 篤哉 (著); 小学館 (刊)

早速読んでみました。
マンガのようなイラストの表紙は、なかなかオトナには手を出しづらいものがあります。
その内容も表紙のとおりライトです。読みやすいミステリ短編の連作です。
この表紙と内容の気軽さが、普段ミステリを読まない人にもクチコミで広がり、売上を伸ばしていったのでしょう。
そして、テレビドラマ化されて、探偵役をつとめる執事の影山を櫻井翔(嵐)が演じたことがダメ押し(?)となって、年間ベストセラーとなったのでしょう。
以上、なんの根拠もない推測ですが。。。

この『謎解きはディナーのあとで』のようなミステリの形式は、アームチェア・ディティクティヴ(安楽椅子探偵)と言って古くからあるものです。

或る事件(あるいは謎)があって、狂言回し的な仮の主人公が解決しようとするけれど、うまく行かず、その内容を探偵役の人物(真の主人公)に話して聞かせると、その人物はいくつかの質問をした上で、現場に行くこともなく、その場で(安楽椅子に座ったまま?)純粋に推理のみで解決するのです。

この本に限らず、古今東西いろいろな名作があります。いくつか紹介致しましょう。

九マイルは遠すぎる (ハヤカワ・ミステリ文庫 19-2) [文庫] / ハリイ・ケメルマン (著); 永井 淳, 深町 眞理子 (翻訳); 早川書房 (刊)

『九マイルは遠すぎる』(ハリイ・ケメルマン著 ハヤカワ・ミステリ文庫)は、主人公の教授が酒場でたまたま耳に挟んだ「九マイルは遠すぎる、まして雨の中では・・・」的な会話から、純粋推理で恐るべき事件とその真相をさぐりあてるという推理史上に燦然と輝く有名な短編ミステリです。(ミステリ好きな人は読んでますよね?)

黒後家蜘蛛の会 1 (創元推理文庫 167-1) [文庫] / アイザック・アシモフ (著); 池 央耿 (翻訳); 東京創元社 (刊)

『黒後家蜘蛛の会(1~5)』(アイザック・アシモフ著 創元推理文庫)は、職業も多彩なメンバーの集まりである「黒後家蜘蛛の会」(月に一度の例会)で、メンバーの一人が語る不思議な話や謎の事件を他のメンバーが推理するという短編シリーズです。
この作品でももちろん謎を解決するのは、メンバーではなく、その会場となるレストランの給仕であるヘンリーなのです。
(作者のアシモフ博士は、SF作家として有名ですが、ミステリもたくさん書いてます)

ママは何でも知っている (ハヤカワ・ミステリ 1287) [新書] / ジェイムズ・ヤッフェ (著); 小尾 芙佐 (翻訳); 早川書房 (刊)

『ママは何でも知っている』(ジェイムズ・ヤッフェ著 ハヤカワ・ミステリ)は、警察官の息子を持つ「ママ」が主人公のミステリです。「ママ」の名前は作中には出てこないため、「ブロンクスのママ」という名称で呼ばれることもあります。
息子の抱える難事件を、ママは料理を作りながら聞いています。そして、いくつか質問をしたあとで、息子に謎解きをするのです。ホームドラマ的な軽さはありますが、ミステリ的には「謎解きはディナーのあとで」より数段上です。

ジーヴズの事件簿―才智縦横の巻 (文春文庫) [文庫] / P.G. ウッドハウス (著); P.G. Wodehouse (原著); 岩永 正勝, 小山 太一 (翻訳); 文藝春秋 (刊)

『ジーブズの事件簿』(P.G.ウッドハウス著 文春文庫)は、「謎解きはディナーのあとで」と同じく主人公は執事ジーブズです。20世紀初頭のイギリスで、お金はあるけど頭がちょっと弱い青年バーティは困ったことが起こって手に負えなくなると、執事ジーブズに助けを求めます。ミステリというより、ユーモア小説です。
なので、ジーブズは探偵というより、ビッグコミック連載の「総務部総務課山口六平太」のような市井のスーパーマンといったところでしょうか。。。ジーブズシリーズは数多く出版されています。

日本の安楽椅子探偵ものもあと2つほど紹介します。

北村薫著『空飛ぶ馬』は、落語家の春桜亭円紫が、「私」の抱える謎を、話を聞いただけで解決するという連作です。しみじみとする作品です。

太田忠司著『奇談蒐集家』は、都市伝説のような奇談を蒐集する恵美酒一(えびす はじめ)が聞いた奇談を、その秘書(執事?)氷坂が「奇談でもなんでもない」と種明かしをする連作です。
こちらはミステリというよりファンタジィのような趣向が凝っており、最後は・・・・・・。
おっと、ネタバレはミステリの禁止事項ですね。

空飛ぶ馬 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書) [文庫] / 北村 薫 (著); 東京創元社 (刊)

奇談蒐集家 (創元推理文庫) [文庫] / 太田 忠司 (著); 東京創元社 (刊)

アームチェア・ディティクティヴ(安楽椅子探偵)の発展系(?)としてベッド・ディティクティヴ(寝具探偵?)というジャンルもあります。
警察官(刑事)や名探偵がケガや病気のため、ベッドから動けなくて、退屈しのぎに事件や歴史上の謎を解くというものです。(ジョセフィン・テイ著「時の娘」や高木彬光著「成吉思汗の秘密」「邪馬台国の秘密」など。ジェフリー・ディーヴァーのリンカーン・ライムシリーズもある意味そうかも。)

しかしながら、究極のベッド・ディティクティヴは、都築道夫著「泡姫シルビアの華麗な推理」等の「泡姫シルビア」シリーズだと言えましょう。
詳細は紙面の都合(?)でカットしますが、オトナ向け(R18?)の愉しいミステリ連作です。
今、このシリーズは絶版となっているようなので、興味のある方は古本屋さんを捜してみてください。

まだ早いですが、年末年始の暇つぶし本の紹介でした。                        F生

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