2018.03.16
タイヤ

やれることはやってきたんだよ


※いつも文字だけで味気ないので、今回は特別に猫のあかりさんのご尊顔を貼って人を釣ろうと思います。「お、猫ブログか?」と思った人、乙!
ということで。あかりさんは保護したばかりのころはあんなに小さくて甘えん坊だったのに、今ではわたしのことなどすっかり忘れて婚約者のうちで暴虐の限りを尽くしています。わたしは個人的にあかり先生と呼んでいますが先生、箱からはみでてますよ。いくらなんでもその箱は小さいんじゃないかと。まあ元気でなによりです。ここから先はいつもどおり文字だけなのでご安心ください。
    
人に道をたずねられたことが何度かある。別に不思議なことではないと思うが、それにしてもなぜわたしなのか。兄を脱獄させるべく背中に刑務所内の見取り図タトゥーを入れた弟が主人公の海外ドラマみたいに、わたしが顔面に札幌市内の地図でも彫り込んであれば、あっこいつ道に詳しそうかもしれん、と声をかけてくることもあるかもしれないが、この札幌という仮にも北海道最大の都市、その片隅に住まうだけのわたしに、なぜ彼らは道をたずねてくるのか。こいつ気の抜けたツラでフラフラ歩いてやがるしきっと札幌ネイティブだべ、足とかくさそうな顔してるけれど道くらい知ってるべ、と思われているのかもしれない。もちろんわたしもそれなりに長く札幌に住んでいるのだから、知っている道や場所であれば案内することもできるし、たいていの場合聞かれるのはそういう「わかりやすい」場所である。
  
だけれど、たとえばいかにも品の良いおばあさんに「ナントカというお店はどちらにあるかご存知かしら?」と問われたわたしの脳内でまず何が起こるかというと、記憶内地図地名ランドマーク各種大検索大会が緊急開催されるわけで、それは大勢いる市民のなかからわたしを選んだこの御仁に必要以上の時間をかけることなくなんとかしてその目的地までの道程を伝えたい、その期待に応えたいと思考を急激にフル稼働させはじめる、要するにものすごくテンパりだすのである。ええと、ああ、そこはですね、うーんと……などと唸りながら背中に冷や汗が吹き出すのを感じながら、この道をですね、まっすぐ行ってですね、ええと2つ……いや3つめの交差点を左に折れてですね、あとはまっすぐ行くと右手にナントカビルというのがありますんで……と、どこに出しても恥ずかしい狼狽っぷりでなんとか道順を伝えると、ご婦人は英語で言うところのセンキュー、つまりありがとうございますぅ、と会釈をしてくださって、いやなんもですよ(なんもというのは北海道弁で、気にするなとか別にかめへんよというニュアンスの便利な言葉です)と軽やかな足取りで鼻歌とともにその場をあとにして、数分後に自分の言った道順を反芻してみると、あっ3つめの交差点じゃねえし左に曲がるわけでもねえ!!と己の過ちに気づいて壁に頭を打ち付けながら叫びたくなるが、時すでにトゥーレイトということが何度もあって、だからこそわたしは道を聞かれるのが怖くてたまらないのである。
  
あの老婦人はわたしが過ちを犯してしまったばかりに無駄足を踏んでしまうことは間違いなく、それでもいつかたどり着ければいいが、もしかしたら延々とわたしの誤情報に振り回され行き倒れるのではないか、ご家族から捜索願など出されはしないかなどとひどく落ち込むのだが取り返しはつかない。もし今度こういう機会があったら冷たいようだが話しかけられても無視してしまおうか、そのほうがお互いに幸せになれるのではないか。冷たいようだけれど自分がかわいいのでなるべくそういう事態は回避するムーブを貫き、どうしようもない時はわかる範囲で答えられることを答えるだけにとどめようと決心したのだけれど、そんなわたしの前に立ちふさがったのはまた別のご老人で、その時はわたしの目の前にタクシーがビシっと止まったと思ったら、全身をふるふると震わせながらおじいさんが降りてきた。「杖まで震えとるが大丈夫かいなじいさんよう、転んで怪我するなよ、ほんとうにな」と気遣いできる大人アピールをしていたらおじいさんはその震える手で新聞かなにかの切り抜きを差し出してきた。ん? あれ?と嫌な予感を覚えつつ、「ええと、ここに行きたいのでしょうか?」とたずねると、わずかにこくんと頷くご老人。いや、こういうエンカウントは回避不可能だからというのはともかく、なんでじいさん喋らへんねや、なんで初対面のワシがフェイス・トゥ・フェイスであなたのこころの声を探らねばならんのだと憤懣やるかたなかったが、ここまできて逃げ出すわけにもいかないからわたしなりに脳内検索したし、スマホでググったりもしたけれど結局わからず、出勤途中だったこともあり最終的にわたしはその場にあったコンビニへ駆け込み、切り抜きとじいさんを店員さんに任せて結局逃げ出したわけで、その後どうなったかはまったく分からない。
  
今思えばおじいさんにもコンビニの店員さんにも迷惑をかけてしまっているので申し訳ない気持ちもあるが、その後自主的におじいさんの目的地を調べ直したところ、切り抜きに記されていた内容はナントカビルの何階にあるナントカという部署だかなんだかをさもひとつの建築物のように記述していて、これはさすがに先方の書き方が悪いのだと繰り返し自分に言い聞かせたので、今ではわたしに一切の非はないと小声で言うくらいはできる。それにしてもこういうイレギュラーなエンカウントはどうしようもないし、いっそのこと言葉がわからなければ意思の疎通事態が大変困難となるので、今度もしこういう機会があったら実はニューメキシコから来て日が浅いので日本語がわからないのですとかそういう設定を作っておけばよいのでは?なにせ昨今は中国や韓国台湾あたりからの観光客が大勢来札しているから、実はわたしもそういう観光客のひとりとして振る舞えば道など聞かれまい。どこからどう見ても日本人顔だけれど、ついに勝ち筋が見えたな……。
  
と大通公園で缶ビールを飲みつつご満悦で日光浴をしていると、その観光客数人から突然何事かを早口でまくしたてられ、どうやら中国から来たらしい彼らはなにかを欲しているらしいことはわかったが、言い方を変えればそれ以上のことはわかるはずもなく、先程のニューメキシコなど忘れてなぜこの人たちは日本人にいきなり母国語で話しかけてきてどうにかなると思ったのだ?と当然の疑問を抱きながらもビールを口にしたところで彼らが大きく反応したので、「ああ、もしかしてビール? いや、ビア?」と缶を指差すと、そうだそうだ!という意味なのであろう判別不能な単語で反応したので、ああビール買いたいのね……でもさすがに中国語で道案内はできんよ、というわけで楽しげな彼らを近くのコンビニまで連れて行って「ドモアリガト!!」とごきげんな彼らを見送り、もう言葉とか道案内関係あらへん、こんなん推理ゲームやんけ……となんともいえない苦い気持ちをぬるくなったビールと一緒に飲み下し、今後はもう教えた道が間違ってても知らんしわたしは一切の責を追わない、わたしに聞いた時点であなたはすでに間違っているのだ、わたしはついにわたしを諦めたから、あなたも諦めてたずねなさいとある種の境地に至った次第である。
  
ちなみにごく稀にきちんと道案内できたことももちろんある。数少ない成功例としては、所用にて明け方のすすきのの外れを歩いていると、ダウンジャケットに身を包んだ褐色の東南アジア系男性が「スミマセン、サッポロエキ、アッチ?」とたずねてきたので、そうですよ、この道をまっすぐですよ、と言えばそれで終わった話なのだが、寒さと酔いと明け方テンションで、よっしゃここは英語で言ったろ!と血迷ったわたしは「Go straight!」と力強く答えたところ、彼は一瞬怪訝な顔をして、また「ココ、マッスグ? アッチ?」と聞いてきたので「アッハイ……」と素直に日本語で答えて帰宅した。だけれど、なぜ彼はあんな顔をしたのだろうか?いくら滑舌が悪いとはいえそんなに下手くそな英語であっただろうか?と気になって調べてみたところ、わたしはこのまままっすぐですよという意味のつもりでゴーストレイトと言ってみたのだが、どうもこれは「真っ当になれ」とか「しっかりしろ」といった意味になるようで、わたしが意図したような内容の場合「Go straigt ahead」と言うべきだったらしい。氷点下の空の下、必死で道を聞いているのにドランク日本人にいきなり「真っ当になれや」と言われたら、そりゃあ誰だってああいう顔になるわなと今思い出しても申し訳ない気持ちになるが、道案内自体は成功しているのでプラマイゼロということで手を打ちたい。願わくばわたしのええカッコしいが引き金となって国交断絶とか起きませんように。
  
褐色の肌といえば、「どこどこに行きたいのですが……」とめっちゃいい声で詳しい住所を伝えられ、ちょっと待ってくださいねとiPhoneでググってみたら当時の職場近くだったので、「ああ、これならわたしがこれから行く場所の近くですからご案内しますよ」とそこで初めてその人を見ると、衣服に疎いわたしが見ても明らかに上等なスーツに身を包んだ褐色の紳士で、石油王ってこんな感じなんだろうな、会ったことないけれど、というか今顔見るまで外国の方だとまったく気づかなかったよ、というかっこいいおじさんで、内心こういうかっこいいおっさんになりたかったなあと思いつつ談笑しながらナビに従い彼を目的地に送り届けると一礼とともに感謝され、「いえいえお気になさらず……」といったわたしに彼は「いやあ、すごいですねiPhone!」と言い残して、エレベータの中に消えていった。
そうだね、すごいよねiPhone。ていうかグーグルもね。俺みたいなやつでも石油王を道案内できるからね。うん。

タイヤ

一覧に戻る