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当社ブログは社員での持ち回りで掲載しております。
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「私は「あなたが知っていること」を知っている」

情報は知られるものであり、知られる価値のあるものである。

時には、「誰かが何かを知っている」ということそのものが情報になる。

こんなパズルがある。

三人の子供が外で遊び、泥だらけになって帰ってきました。
帰ってきた子供たちを迎えた親は彼らの顔を見て、「少なくとも君たちのうち一人の顔は、泥だらけだよ。」と告げ、次にこう尋ねました。「誰か自分の顔に泥がついているかわかるかい?」

三人のうち一人だけ(マーティン)の顔が泥だらけだとしたら、それぞれの子供たちはどのように答えるだろうか?

マーティンから見ると、ほかの二人の顔はきれい。しかし三人のうち少なくとも一人の顔は汚れているので、マーティンは自分の顔が汚れているとわかる。

他の二人の子供は、マーティンが答えるまで自分の顔がわからない。しかし、マーティンだけが答えられたという情報から、自分の顔が汚れていないということがわかる。

よって、汚れた子供が答え、その後他の子供が答える、という流れになる。

では、三人のうち二人(マーティンとマリ)の顔が汚れていて、一人(クレア)だけが汚れていないとしたらどうなるだろう?

最初の質問の時点ではだれも答えられない。
マーティンとマリは、他に汚れた子供がいるとわかるので答えられない。
クレアも、他の二人の顔が汚れていることしかわからない。

マーティンから見ると、マリは汚れていて、クレアは汚れていない。マーティンは考える。「もし自分の顔がきれいだったとしたらどうなるだろうか?その時、マリからは見た二人はきれいな顔のはずで、マリは自分の顔が汚れているとわかったはずだ。でもマリは答えられなかったのだから、自分の顔は汚れているはずだ。」
同じことはマリも思い付く。

よって、だれも答えない→汚れた子供二人が答える→汚れていない子供が答える、となる。
TRM

出典: http://sierra.nmsu.edu/morandi/coursematerials/MuddyChildren.html

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