2021.09.24
タイヤ

NOBODYを甘く見るな -映画「Mr.ノーバディ」-

Mr.ノーバディを観ましょう

朝起きて、ジョギングをして、妻と息子と娘と一緒に食事をして、ゴミ出し係だけれどゴミ出しの時間にギリギリ間に合わなくて走り去る収集車をしょんぼり見送って、バスで職場の工場に向かい、淡々と仕事をし、食事をして、眠って……そんな折り目正しい、というかはっきり言って退屈な生活を繰り返すだけの毎日。ボブ・オデンカーク演ずる主人公のハッチは誰から見ても退屈で平凡な名もなき男のひとりだが、自宅に強盗が押し入った夜をきっかけに、その本性を徐々に解き放っていく……

みたいな感じで、どう見ても冴えない普通のおっさんでしかないハッチがブチ切れて大暴れする、というのが公式サイトでの作品紹介なのですが、正直言ってこれフェアじゃあないというか、日本で公開するにあたって、あえてこういうイントロダクションを記載しておると愚考致すわけですけれども、ちょっとこれずるいと思うんですよね。いきなり軽いネタバレ気味のことを言ってしまいますが、だってわりと序盤でハッチが、というかハッチの過去になにかしらあるなこれ、ということにたいていの観客は気づいちゃうと思うんですよ。少ないけれどそういう匂わせがあるというか。じゃあもっとええ紹介の仕方考えたらんかいワレェ! と言われたら、いや、まあこれでもいいんじゃあないっすかねえ、ええ……と口をつむぐことになるんですけれども。まあ些末なことですよ、この作品にとっては。

内容について話をします ※若干ネタバレあり

というわけでMr.ノーバディ(原題:Nobody)ということでハッチはどうにもうだつの上がらない、まさに誰でもないノーバディな名もなき一般人として最初は描かれておるわけです。

しかしある夜ハッチ家に二人組の強盗がやってきて、バッチはそいつらをどうにか撃退することに成功するのですけれども、じゃあ強盗どもに鉄槌を下すかというわけでもなく、父さんこいつらブチのめせよ! と息子にせっつかれても、なにか逡巡したのちに20ドルくらいの小銭を渡して彼らを逃してあげちゃうわけです。

一応警官を呼んで何があったか説明するんですが、警官には「手出さなくて良かったんじゃねーの、俺のやり方とは違うけど」みたいなね、暗に「おめえ父親のくせに情けねえなあ」的なニュアンスのことを言われるわけです。なぜ見逃したのか、その理由はのちに判明して、そのあたりから視聴者は先に述べたように「あれ、ハッチってもしかして何か隠してる……?」と、なんとなーーく察することになるわけでありますが、家族たちというか特に息子は強盗を逃したハッチの対応に失望して、あまつさえ妻ともギクシャクし始めるしでハッチ的には、なんというか非常にむしゃくしゃするのは当然(幼い娘さんだけはそんなハッチに優しいのが救い)。

それでもなんとか平穏な日常を取り繕おうとハッチは耐えようとするのですが、娘さんが大事にしていたねこちゃんのおもちゃだか首輪だかバングルだかなんだかが先の強盗たちに奪われたらしいことを知りまして、そのあたりからだんだんハッチが変わりだすというか、長きにわたって押さえつけていた欲求というか本能がハッチの手綱を逃れようとするかのように鎌首をもたげていくわけです。果たしてハッチとは何者なのか? 本性を解放していくハッチはどうなってしまうのか? というあたりが観ていて非常にワクワクゾクゾクする作品であります。

こんな人は観ましょう

ただのおっさんだと思っていたおっさんが実は……というパターンの映画とかドラマといったフィクションは正直テンプレでございますなと思っとるわけですけれども(異世界転生ものもある種そういう括りかもしれん)、この映画の主人公であるハッチ演ずるボブ・オデンカークさんはマイ・フェイバリットドラマ「ブレイキング・バッド」そしてそのスピンオフである「ベター・コール・ソウル」でどうにも胡散臭くてケンカなんてとてもできん弁護士を演じておられていて、そのイメージが色濃いこともあり、実際アクションシーンもメチャクチャにキレがあるということもないんですが、この映画では逆にそれがよいわけです。

正確無比で冷血非道という戦い方ができないというか、敵は仕留めるんだけれども自分もぜんぜん無傷じゃあないわけです。おそらく昔はキレッキレだったんでしょうけれど、寄る波には勝てんというかおっさんが「本当の俺はこんなもんじゃねえぞ」と遮二無二に大暴れ、勝つには勝つけれどボロボロで全身すんごい痛いですぅ……っていうその姿にカタルシスを覚えるというか、ようやった! やるやんけ! と観客は気持ちよくなるわけです。あれです、わたしのようなおっさんでなくとも、刃牙風に言うと「男なら一度は誰しもが〜」的なね、本当の俺はヤバいんだ! というね。MOROHAの曲なら「俺のがヤバい」っていうかね。井之頭五郎さん風に言うなら「本当の俺って男の子だよな」とか「暴力を振るう時はね、誰にも邪魔されず自由でなんというか、救われてなきゃあダメなんだ。独りで、静かで、豊かで……」というかね、よくわかりませんね。とにかく誰もが夢想するような、本当の俺はこんなもんじゃねえんだ! 思い知らせたらァ! という言葉にするとちょっと恥ずかしくなるようなやつをドカーンと、ズバババーっとバキッと見せてくれるのがこの作品を観ていて超気持ちいいところなわけです。

ちなみに脚本は「ジョン・ウィック」の人、監督は「ハード・コア」の人ということで、中だるみ的な時間はほぼほぼないです。これらの作品がお好きな方には、けっこう刺さる作品なのではないでしょうか。なにかと鬱屈したりむしゃくしゃしやすいご時世の昨今、とにかくスカッとしたいんだよ俺は! あるいは私は! もしくはアタイ、ワシ、拙者、それがしは! という方にもぜひ視聴していただきたいなと思います。ちなみに客演というか特別出演みたいな感じで、RZA(まったく知らない方だったんですが、調べてみたら伝説的ヒップホップグループであるウータン・クランのリーダーだそうです)と、バック・トゥ・ザ・フューチャーのドクでおなじみのクリストファー・ロイドさんも出演されておられるのですが、クライマックスシーンでのロイドおじいちゃんが本当に非常にディ・モールト最高なんだよ、マジでよ。あのギョロ目ひん剥いて最ッ高のセリフを吐いてくれます。ちなみにRZAさんとハッチは兄弟、ロイドさんはふたりのお父さんということになっております。かっこいいんですよ、このひとたちもねえ。

こういう時だから観ましょう

やっぱりね、同じような日々を繰り返し繰り返していくと、こころの底に積み重なっていくわけですよ、ドロッとした重たい何かがね。そいつをどっかでなにかしらの手段で小出しにしないと人間って苦しくなるばかりなわけです。しんどくなっていくんですよ。無軌道なクソガキの皆さまならまだしも、わたしのような市井の人というか名もなきおっさんはある程度の分別がついてしまうから、そういったものをどうにかせんといかんけれどなかなかうまくいかなくて耐えきれず大変な、本当に大変なことになってしまったりもするわけです。
この作品では、わしらと同様に、そういったドロドロを爆発寸前まで溜め込んだハッチのタガがついに外れてしまってドギャーンズギャーンとやってしまうのですが、年甲斐もなくそれがすごくうらやましく思うのです。まあ頭わるい感じと言われたらそれまでかもしれませんし、伏線なのかそれとも途中でめんどくさくなったから投げたのかもと感じるハッチの謎をいくつも残したままエンドロールを迎えちゃう作品なので人によってはやはり頭わるい感じやな、と思うかもしれませんね。

でも謎は謎のままでいいんすよ、だってNobodyなんですよ、ハッチは。誰でもないんです。それでいいんです。アクションやヴァイオレンスだけではなく随所にユーモアをはさみつつ、BGMのチョイスも素晴らしい。小気味よいテンポで紡がれる、だいたい90分くらいの快作です。90分ということで、映画大好きポンポさんも大満足でしょう。というわけでみなさんもむしゃくしゃしているなら観ましょうね。といっても映画館での上映はもう終わっているので、11月の円盤発売なり、レンタルなりを待ちましょう。

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